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博覧はくらん強記きょうき

意味
広く書物を読み、多くのことを記憶していること。

用例

豊富な知識と記憶力をもつ人物を高く評価する場面で使われます。

いずれの例も、広範な知識に加え、それをしっかり記憶しているという点での賛辞が込められています。「博識」とは異なり、「記憶力の優秀さ」も強く意識された語です。

注意点

「博覧強記」は、単なる物知りや読書家というだけでは不十分で、「記憶力に裏打ちされた知識」を強調する言葉です。知識を実践に生かしているかどうかは問われないため、使い方によっては「知識は豊富だが実行力に乏しい」といった皮肉にもなりうる点に注意が必要です。

また、やや格式の高い言葉であり、日常会話では馴染みにくいため、主に文章表現やスピーチ、人物紹介などに適しています。

背景

「博覧強記」は、中国古典に由来する表現で、古くから学問的資質を表す理想的な人物像を言い表すために用いられてきました。「博覧」は「広く書物を読むこと」、「強記」は「記憶力が強いこと」を意味し、それらを兼ね備えた人物に対して最大級の知的賛辞として使われます。

出典として有名なのは『晋書』や『史記』、『漢書』などの歴史書で、歴代の名臣・学者が「博覧強記」であったと記される例が多数あります。たとえば、諸葛亮(孔明)や司馬遷、王羲之など、古代中国の才人は皆この語で讃えられており、知識人の最高の美徳とされてきました。

また、儒教における学問の理想像も、「学んで知る」「知って忘れない」「語って伝える」という三段階の能力を前提としており、なかでも「忘れない」=「強記」は、積み重ねた学びの成果を活かすために欠かせない資質とされました。

日本でも平安時代から漢詩文や説話にこの語が登場し、貴族・僧侶・学者などの人物評価において「博覧強記」は極めて高い称賛の言葉とされました。江戸時代には儒学者や国学者がこの語を用いて、門弟の理想や自戒として掲げることもありました。

現代では、受験・研究・評論・文筆・歴史解説など、知識と記憶力が物を言う場面において、この語が賞賛語として用いられています。一方で、機械的な知識の詰め込みに対する批判的文脈でも皮肉を込めて使われることがあり、文脈によって含意が異なることがあります。

類義

まとめ

「博覧強記」は、広く書物を読んで豊富な知識を持ち、それを確実に記憶していることを意味する四字熟語です。

この表現は、単なる読書好きではなく、「記憶力に裏打ちされた知の力」を高く評価するものであり、古くから学問の理想像として重視されてきました。とくに、古典・歴史・文献などに精通し、それを忘れずに保持している人物に対して使われる賛辞です。

背景には中国の知識人観があり、日本でも長く尊敬の対象とされてきた語ですが、現代においても知識と記憶のバランスを備えた人物への賞賛にふさわしい言葉です。

情報過多の時代だからこそ、「博覧強記」という言葉は、単なる検索や断片的知識では得られない、確かな蓄積の価値を静かに語りかけてくれるのです。