同じて和せず
- 意味
- 思慮なく他人の意見に同調するが、心から親しむことのない、浅はかな交際。
用例
人間関係の表面的なつながりや、互いに迎合するだけで本当の親しみがない関係を批判的に語るときに使います。
- 彼らの集まりは、ただ流行や多数意見に従うだけで同じて和せず、真の友情など感じられない。
- SNSでのやり取りの多くは、軽く同意するだけで深い結びつきはない。同じて和せずという言葉がぴったりだ。
- 会議の場で誰も反対せずにうなずくだけなのに、心では納得していない。そんな空気は同じて和せずとしか言えない。
どの例文も、「迎合はしているが、実質的な信頼関係や親しみが欠けている状態」を表しています。
注意点
「同じて和せず」は『論語』の「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」に由来します。ここでの意味は「小人」の姿を表すものです。つまり、つまらない人間はすぐに他人の意見に従って表面上は同じ行動を取るが、そこに心からの和やかな関係はない、という意味です。
現代では「和して同ぜず」の方がよく使われるため、「同じて和せず」だけを取り上げると誤用されることもあります。孔子の言葉全体を理解したうえで使うのが適切です。
背景
この言葉は『論語』子路篇に登場します。孔子は「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」と語り、理想の人間像とそうでない人間像を対比させました。
「和して同ぜず」は、君子が協調性を持ちつつも無批判に同調しない姿勢を示しています。一方で「同じて和せず」は、その逆です。小人はとりあえず他人に同調し、表面的には同じことをしているように見えますが、そこには誠意や信頼関係がなく、和やかさも生まれません。
孔子の時代、中国の春秋戦国は政治的混乱の時代でした。権力者の周囲には、自分の立場を守るために権力者に追従する者が多くいました。彼らは発言を合わせて同調するものの、本心からの忠誠や友情を持っているわけではなく、利害関係のための仮初めの交際にすぎませんでした。
この状況を孔子は批判し、徳を持つ君子は真に調和を求めるが、小人はただ同調するばかりで内実のない関係を築くのだと説きました。つまり「同じて和せず」という言葉は、孔子の思想において「和」と「同」の違いを明確にする重要な位置を占めているのです。
類義
対義
まとめ
「同じて和せず」は、すぐに他人に同調して表面的には同じ行動をとるものの、心からの親しみや誠意が欠けている人間関係を表すことわざです。
孔子はこれを「小人」の特徴とし、徳のある人間はその逆に「和して同ぜず」、すなわち真の調和を重んじつつも無批判に同調しないと説きました。
現代社会でも、形式的な付き合いやSNS上での軽い共感が横行し、真の信頼関係が築かれにくいことがあります。そうした状況を批判的に表現する際に、このことわざは今も有効です。
本来の意味を踏まえて用いれば、人間関係や組織の在り方を省みるきっかけになるでしょう。