青息吐息
- 意味
- 苦しさや困窮のあまり、ため息ばかりついている状態。また、そのようなため息。
用例
経済的に苦しいときや、状況が悪化して精神的・肉体的に追い詰められているときなどに使われます。特に、長引く苦境に疲れ切った様子を描写するときによく用いられます。
- 仕事が減って収入も激減し、毎日青息吐息の生活を送っている。
- 締め切りに追われて青息吐息になりながら、ようやく原稿を仕上げた。
- 今年の夏も猛暑続きで、野菜農家は青息吐息だという。
いずれも、単なる疲労を越えて、継続的な困難や不調に追い詰められた様子を伝えています。表現としてはやや大げさに聞こえることもありますが、ユーモアを込めた語調で使われることもあります。
注意点
「青息吐息」は、その語感から深刻な状態を思わせますが、文脈によっては自嘲や軽いユーモアを含んで使われることもあります。そのため、深刻な状況を伝える場面と、冗談めかした場面とで語調を調整する必要があります。
また、「青息吐息」は漢語調の慣用句ですが、口語にもよく浸透しており、新聞や会話などでも使用頻度が高い表現です。ただし、相手の苦境をあまり軽々しく「青息吐息」と評すると、無神経に聞こえるおそれがあるため、他人を評する際は慎重に使うことが求められます。
背景
「青息吐息」という表現は、江戸時代以降の日本語に定着した慣用表現です。その語源をたどると、「青い息」と「吐く息」の組み合わせが見えてきます。
まず、「青い息」とは、もともと顔色が青ざめる様子を連想させる言い回しです。古来より日本語では、「青ざめる」という表現が、病気・驚き・恐怖・疲労などで血の気が引いた顔色を指して使われてきました。そこから転じて、「青い息」は苦悶や疲労の色を帯びた、弱々しいため息を表す象徴的な表現となりました。
「吐息」は、読んで字のごとく、吐く息、すなわちため息を意味します。「吐く」という動詞には、何かを外に出すという意味があるため、苦しさを体外に漏らす動作として「吐息」が結びついたと考えられます。
この二つの語を並列して強調する形で「青息吐息」が成立したとされます。江戸中期から後期の滑稽本や人情本の中には、この表現が庶民の困窮やあくせくした生活ぶりを描写するのに使われており、文芸の中でも庶民感情に根ざした表現として親しまれていたことがうかがえます。
また、「青息吐息」は身体的・心理的に追い詰められた様子を具体的にイメージさせるため、文学的な表現にも適しています。たとえば川端康成や志賀直哉などの近代文学作品においても、この表現が人物の苦悩や悲哀を伝える手段として登場することがあります。
昭和以降は、新聞の見出しや経済記事、社会報道でも定番化し、「業界が青息吐息」「庶民は青息吐息」など、集団全体の苦境をまとめて示す便利な言い回しとして使われるようになりました。このように、時代を超えて、生活の苦しさを言い表す生きた言葉として息づいているのが「青息吐息」なのです。
類義
まとめ
困難や苦しさが続き、思わずため息ばかりついてしまう状態を表す「青息吐息」は、誰もが一度は経験するような追い詰められた心情に寄り添う言葉です。単に「疲れた」と言うのでは伝えきれない、苦しさの深さや長引く状況を含んでいるのが、この表現の特徴です。
この言葉には、苦境を何とか耐え抜こうとする気力の残り火も感じられます。息を吐きながらも、まだ立ち上がろうとする姿勢が内包されており、単なる弱音では終わらない余韻が漂っています。
一方で、「青息吐息」はユーモラスに用いられることもあります。仕事の忙しさを軽く嘆いたり、家庭内の騒動をおどけて語ったりする場面では、深刻さよりも親しみのある響きをもって使われることもあります。
日々の生活の中で、言葉にならない苦しみを抱えたとき、「青息吐息」という表現が、心の内を代弁し、共感や理解のきっかけを生んでくれるかもしれません。その響きの中には、時代を超えて伝わる人間らしい弱さと、なお歩もうとする気配が込められているのです。