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杜撰ずさん

意味
文章や詩文に誤りが多いこと。また、業務などに手抜かりが多く、正確さや整合性を欠くこと。

用例

内容に信頼性がなく、調査不足や確認不足が明らかな文章・発言・報告・仕事などを批判するときに使われます。学術的・出版的な文脈で頻出します。

これらの例文に共通するのは、「きちんと調べずに雑に作られている」「整合性や信頼性に欠けている」といった否定的な意味合いです。内容の粗さだけでなく、作成者の姿勢までも批判の対象となる強い語調を持っています。

注意点

「杜撰」は、文書や資料・研究・報告書などの知的成果物に対して使うことが多く、人の性格や態度に対して使うのはやや不自然です。「あの人は杜撰だ」という使い方は、誤用とまでは言えないものの一般的ではありません。

また、語感がやや硬く、書き言葉・評論語に近いため、日常会話で使うと堅苦しく響く可能性があります。信頼性や完成度を重視するような文脈で用いると効果的です。

背景

「杜撰」という言葉の語源は、中国宋代の詩人・杜黙(ともく)にあります。彼は詩文を多く残したものの、韻律や語句の整合性に難があり、詩としての完成度が低いと批判されていました。

このことから、「杜黙の詩は撰(えら)び方が悪い」、つまり「杜の撰が粗雑である」ことを指して「杜撰」という語が生まれました。原義は、詩作において韻を踏まない・構成が乱れているといった技術的欠陥を指していましたが、やがて文章全般、さらに物事の取り扱いや処理にまで意味が広がっていきました。

日本には漢籍を通じてこの語が伝わり、江戸時代の儒学者や詩文家のあいだで広く使われるようになります。明治以降の近代日本では、特に学術的な批評や出版分野において、「杜撰な研究」「杜撰な編集」などの表現で定着していきました。

現代では、書類・契約・データ管理など、実務的な精度や正確さが要求される分野でもよく使われる語であり、知的信頼性を損なう行為を批判するための言葉として非常に効果的です。

類義

対義

まとめ

「杜撰」は、本来詩文における技術的な粗さを批判する語でしたが、時代とともに意味を広げ、現在では「内容に誤りが多く、整っていない」「手抜きで信用ならない」といった否定的評価を下す際に使われています。

その背景には、中国宋代の詩人・杜黙の詩作に由来する故事があり、古典的な知的教養と批評精神を感じさせる語でもあります。現代でも、文書や報告における品質や正確性を問う場面で有効に使われています。

この語を適切に用いることで、単なる「不注意」や「未熟」ではない、知的な意味での欠陥や不誠実さを的確に表現することができます。「杜撰」は、読み手や聞き手に対して高い注意力と信頼性への意識を促す、鋭さを持った批判語なのです。