ひだるい時にまずい物なし
- 意味
- 空腹のときには、どんな食べ物でもおいしく感じられるということ。
用例
極端に空腹なときには食べ物の味の善し悪しにかかわらず、なんでもありがたく感じるという実感を表します。また、空腹が食欲を増し、評価を甘くすることへの皮肉や真理として使われます。
- 山歩きのあとのおにぎりは、ひだるい時にまずい物なしで、コンビニのでもごちそうに感じた。
- 子供たちは部活の帰りで腹ペコだったから、野菜炒めもひだるい時にまずい物なしとばかりにあっという間に完食した。
- 戦後の食糧難のころは、芋でも粥でもうまいと言って食べた。ひだるい時にまずい物なしとはよく言ったものだ。
これらの例文では、「ひだるい(空腹な)」状態が、味覚の評価を大きく変えること、あるいは感謝の気持ちすら生むことが描かれています。
注意点
このことわざの「ひだるい」は、「空腹でつらい」という意味の古語的な表現で、現代では日常会話ではあまり使われません。地方(特に関西地方)では今でも聞かれることがありますが、意味が通じにくい相手には補足が必要な場合があります。
また、「まずい物なし」という表現は、「実際に味が良い」ことを指すのではなく、「まずいと感じない」「どんな物でもありがたく感じる」という心理的状態を指している点を誤解しないようにしましょう。
空腹や欠乏が「評価」や「感謝の気持ち」に影響するという比喩は、他の場面──物不足、愛情不足、承認欲求など──にも応用して使える表現ですが、文脈に注意して使う必要があります。
背景
「ひだるい時にまずい物なし」は、古くから庶民の間で語り継がれてきた生活感あふれることわざです。「ひだるい」は「干だるい」「饑い」とも書かれ、もともとは「空腹で気力が失われる」「腹が減ってだるい」という意味を持つ古語です。
日本の農村社会においては、食事の量や質が常に十分だったわけではなく、農繁期や飢饉の年には満足な食事にありつけないこともしばしばでした。そうした厳しい生活環境の中で、わずかな食べ物にもありがたみを感じる気持ちが、人々の実感としてこのことわざを生んだのです。
また、この言葉には「腹が減ればどんなものでもおいしい」と同時に、「状況や心持ちによって評価は変わる」という人生観・心理描写も含まれています。空腹時においしく感じた食べ物でも、満腹のときには味気なく感じることがあるように、人の判断や満足は絶対的なものではなく、環境や状態に左右されるという洞察も込められています。
このように、表面的には「食のことわざ」に見えながら、人間の認識や価値観の相対性を語る含蓄ある表現としても評価されており、江戸時代の俳諧や随筆、農民の口承文芸などにも頻繁に登場します。
現代においても、登山や災害、断食、被災地支援など、極限状況での食事におけるありがたみを語る際に、「ひだるい時にまずい物なし」という言葉は深い説得力を持って用いられています。
類義
まとめ
「ひだるい時にまずい物なし」は、空腹のときにはどんな食べ物でもおいしく感じられるという生活の実感を表したことわざです。
この言葉は、食べ物に対する感謝や、欠乏の中でこそ見えてくる価値の大切さを伝えています。同時に、「人の評価や満足は、置かれた状況や内面的な状態によって大きく左右される」という普遍的な真理も含まれており、現代でもさまざまな文脈で応用のきく表現です。
特に豊かさが当たり前になった社会においては、「足るを知る」感覚や、慎ましい暮らしの価値を見直すうえで、このことわざは改めて味わうに値する言葉といえるでしょう。日常の中で忘れがちな「ありがたみ」や「実感の重み」を、静かに教えてくれる一語です。