為せば成る
- 意味
- 強い意志をもって取り組めば、どんなことでも成し遂げられるという教え。
用例
困難な目標に向かって努力を重ねるときや、他人を励ますときに使われます。自分の信念を貫く覚悟や、挑戦を後押しする際に用いられます。
- はじめは無理かと思ったけど、為せば成るを信じて頑張ったら、目標達成できた。
- 受験勉強はつらいだろうが、為せば成る。あきらめずに挑み続けろ。
- 夢を叶えたいなら、為せば成るの精神を忘れるな。
自分の意志次第で未来は切り開けるという、前向きな人生観を表す言葉として、多くの場面で使われます。特に教育、スポーツ、ビジネスの場面では、信念を持った努力の大切さを説く標語としても用いられています。
注意点
この言葉は理想的で力強い響きを持ちますが、現実には「為しても成らない」ことがあるという側面を忘れてしまうと、無理を強いる結果になるおそれがあります。努力の尊さを説く一方で、限界や状況に応じた柔軟な姿勢を併せ持つことも必要です。
また、他人に向けて使う際に、「お前の努力が足りないから成らないのだ」という含意で使ってしまうと、プレッシャーや押しつけと受け取られることがあります。使い方次第では、励ましではなく、責め言葉になりかねないので配慮が求められます。
「為せば成る」だけで語ってしまうと、運や環境、偶然の要素など、努力以外の複雑な要因を無視してしまうことにもなります。現実の多様性に対して謙虚であることが、言葉の説得力を高める鍵となります。
背景
「為せば成る」は、江戸時代中期の米沢藩主・上杉鷹山(ようざん)の言葉として広く知られています。彼の藩政改革にまつわる名言として、以下のような全文がよく引用されます:
為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり
この句は、「やろうとすれば何事も成し遂げられる。やろうとしなければ、何も実現しない。実現しないのは、その人がやろうとしなかったからだ」という意味であり、鷹山自身の実践的な政治姿勢と深く結びついています。
上杉鷹山は、困窮した米沢藩を立て直すため、自ら質素倹約を貫き、農業・産業・教育を奨励して再建を果たしました。その過程で「自助努力」の重要性を説き、領民の士気を高めるためにこの言葉を掲げたとされています。
この句はやがて藩士の間に広まり、明治以降には教育勅語の精神とも親和性が高いとして、全国の学校教育の中でも広く引用されるようになりました。「努力すれば夢は叶う」という近代日本の価値観を象徴する言葉となり、今なお多くの人々に愛される格言です。
一方、現代ではこの言葉に対する再評価も進んでいます。「為せば成る」という精神が、時に過度な自己責任論や無理な成果主義につながる危険があるという指摘もなされるようになりました。そのため、この言葉の本来の文脈である「初志貫徹の美徳」(志と覚悟を持って行動すること)をしっかり踏まえることが大切です。
類義
- 雨垂れ石を穿つ
- 蟻の思いも天に昇る
- 石に立つ矢
- 一念天に通ず
- 牛の歩みも千里
- 斧を研いで針にする
- 勤勉は成功の母
- 愚公、山を移す
- 継続は力なり
- 志ある者は事竟に成る
- 人跡繁ければ山も窪む
- 精神一到何事か成らざらん
- 塵も積もれば山となる
- 釣瓶縄井桁を断つ
- 念力岩をも通す
- 細き流れも大河となる
まとめ
「為せば成る」は、意志と努力によって困難を乗り越え、目標を達成できるという信念を簡潔に表したことわざです。挑戦を後押しする力強い言葉として、多くの人々の背中を押してきました。
この言葉の背景には、実際に困難な状況から立て直しを成し遂げた上杉鷹山の実践があり、単なる理想論ではない現実の重みがあります。そのため、ただの励ましではなく、「覚悟を決めてやるかどうか」が問われる一語でもあります。
ただし、現実は「為しても成らない」ことがあるという事実も忘れてはなりません。だからこそ、この言葉は「人を責める道具」ではなく、「自らの内にある決意」を再確認するための道しるべとして使うことが求められます。
目標に向かって迷ったとき、壁にぶつかったとき、「為せば成る」の五文字が、自分の心を静かに奮い立たせてくれる。そのような、時を超えて支えとなる力を持った言葉です。