胡麻を擂る
- 意味
- 相手に気に入られようと、へつらったりお世辞を言ったりすること。
用例
職場や学校などで、誰かが上司や権力者に過剰にへりくだった態度を取っているときによく使われます。
- あの新人、上司にばかり胡麻を擂ってて、なんだか信用できないな。
- 会議中に部長の意見にだけ胡麻を擂るような発言をしていて、他のメンバーは白けていた。
- 昇進したいのは分かるけど、あそこまで胡麻を擂るのはちょっと見苦しい。
これらの例文では、特定の誰かに対して過度におべっかを使う行為が描かれています。批判的・皮肉的な文脈で使われることが多く、素直な好意や尊敬とは区別されます。
注意点
「胡麻を擂る」は明らかに否定的な意味を持つ表現であり、相手の言動を批判する文脈で使われることがほとんどです。したがって、面と向かって使うと相手を傷つける恐れがあるため注意が必要です。
また、敬意や礼儀を尽くしている行為と、単なるへつらいやご機嫌取りとを混同しないようにすることも大切です。心からの感謝や敬意に対して「胡麻を擂っている」と言うと、かえって失礼になります。
背景
「胡麻を擂る」という言葉の由来は、実際に胡麻をすり鉢ですり潰す様子にあります。すり鉢の内側をこすり回す動作が、ぺこぺこと頭を下げたり、調子よくへりくだる人の姿に重ねられたのです。
この表現が定着したのは江戸時代以降とされ、特に町人社会や武家社会において、上下関係の中で出世や恩恵を得るための「世渡り術」として、このようなふるまいが頻繁に見られたことが背景にあります。つまり「胡麻を擂る」とは、言葉巧みに相手を持ち上げ、自分に有利な状況を作ろうとする策略的な行為だったのです。
一方で、胡麻そのものはすり潰すことで香りが立ち、料理に深みを与える調味料になります。そこから転じて、「表面的なおべんちゃらではなく、巧みに相手を立てる技術」として、あえて肯定的に使われる場面もあります。たとえば、芸妓や商人が客の心をつかむための言葉遣いなどです。
しかし、現代ではこの表現はもっぱら否定的な意味で使われ、「媚びへつらう」「出世目当てに上司にお世辞を言う」「自分の得のために機嫌をとる」といった場面が連想されます。ビジネスの現場、学校の教室、政治の世界など、上下関係がはっきりした場面で頻出する表現です。
また、胡麻を擂る人を「ごますり」と名詞で表現することも一般的です。「あの人はごますりだ」といった使い方は、露骨な非難となるため扱いに注意が必要です。
類義
まとめ
「胡麻を擂る」は、誰かに気に入られようとしてへつらう様子を表す、強い風刺性を持った表現です。見た目の謙虚さとは裏腹に、内心の打算や計算がにじむような態度を鋭く言い当てる言葉でもあります。
日常会話やメディアでも頻繁に使われるため耳慣れた表現ですが、その語感には皮肉や非難のニュアンスが込められており、使い方には注意が求められます。特に相手の人格や人間関係に関わる場面では、批判的な印象を与えることが多いため、慎重な言葉選びが必要です。
とはいえ、この言葉が広く浸透しているのは、人間関係における「立場」や「欲望」が日常に潜んでいるからでもあります。出世、評価、優遇、安泰……そうした思惑が渦巻く社会の中で、「胡麻を擂る」という行為が生まれ、それを見抜く目が培われてきたのでしょう。
だからこそ、他者を持ち上げるときには「誠意」が伴っているかを見極める姿勢が大切です。逆に、自分の中にも「すってしまいたい」衝動がないか、たまには立ち止まって省みることが、この言葉の教訓的な側面とも言えます。