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後生こうせいおそるべし

意味
若者の将来は計り知れないので、軽んじてはならないということ。

用例

年少者や後輩の才能・努力に驚かされたとき、自分よりも年下の人物が将来的に大成する可能性を感じたときなどに使われます。

この表現は、単に「若者はすごい」と言うのではなく、自分をも凌駕するかもしれない力に対して、敬意と畏れの念をもって使うものです。年配者が謙虚な気持ちで若者に学ぶ姿勢を示す文脈で多く使われます。

注意点

「畏るべし」は「おそるべし」と読みますが、「恐るべし」との混同に注意が必要です。「畏」と「恐」は似ていますが、「畏」は主に「敬い畏れる」意味合いで、尊敬の気持ちを含んでいます。

そのため、「恐怖の対象」ではなく、「敬意を払う対象」としての「おそるべき存在」として若者を表すときに使うのが正確です。侮ったり見下したりする気持ちとは正反対の立場を表しています。

また、現代語としてはやや古風な響きがあるため、使用場面には注意が必要です。ビジネス文書やスピーチ、書き言葉では重厚感をもって伝えられますが、日常会話で使うと違和感を与える可能性もあります。

背景

「後生畏るべし」は、中国の思想家・孔子の言葉として『論語』に記されている有名な句です。原文は次の通りです。

後生畏るべし。焉んぞ来者の今に如からざるを知らんや。

この句における「後生」は、「のちに生まれる者」、すなわち若者や後輩を指します。孔子はここで、若者が未来においてどのような成長を遂げるかは予測できないので、軽視せず、敬意をもって接するべきだと説いています。

この思想は儒教の根本的な精神の一つとも言えます。目上の者は年下を侮らず、年下は努力を惜しまず学び続ける、という双方向的な人間関係を理想とする教えです。

日本では古くから教育や人材育成の現場で重視され、江戸時代の学問所や武家の訓示にも頻出しました。明治以降も、師弟関係や職場の上下関係において、若者への期待と敬意を表す語として使われ続けています。

現代においても、文化・スポーツ・芸術・学問などの分野で、若い才能が年長者を驚かせることは珍しくありません。その際に「後生畏るべし」と語ることは、謙虚さと寛容さをもった美徳ある態度とされています。

類義

対義

まとめ

「後生畏るべし」は、若者の成長や可能性に対して敬意と畏敬の念を抱くべきだという意味をもつ、古典的かつ格調高いことわざです。孔子の『論語』に由来するこの言葉は、目下の者を軽んじることなく、未来の大器として認める姿勢を示します。

現代においても、若い才能の躍進に驚きと尊敬を抱く場面でしばしば用いられ、伝統的な価値観と現代的な評価の両立を図る表現として重宝されています。

人は年齢にかかわらず学び続け、成長していく存在です。そのことを常に意識し、若い人々へのまなざしに尊重と期待を込めることが、「後生畏るべし」という言葉に込められた精神なのです。