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久闊きゅうかつじょする

意味
久しぶりに会って話すこと。また、無沙汰をわびる挨拶をすること。

用例

長く会っていなかった相手と、あいさつを交わしたり、昔話に花を咲かせたりする場面で使われます。やや格式ばった響きがあり、主に文語や手紙文、改まった会話で用いられます。

いずれの例も、長らく会えなかった相手との再会を喜び、旧交を温める様子を表しています。敬意をこめた丁寧な表現としての用途が多く、ビジネスや書簡でもよく使われます。

注意点

「久闊を叙する」は、日常会話ではやや堅苦しく、古風な印象を与える言い回しです。したがって、現代のカジュアルな会話で多用すると、やや大げさまたは不自然に感じられることがあります。使用する場面は、あいさつ文や挨拶状、目上の人への礼状などが適しています。

あくまで「久しぶりに会って語らう」「再会を喜び合う」という意味合いに限定されます。単に「久しぶりだね」と言いたいときには、無理にこの表現を使わない方がよいでしょう。

背景

「久闊を叙する」という表現は、中国の古典文学に淵源を持ちます。とりわけ、文人たちが長らく交わりのなかった友人や師と再会したときに用いる定型句として、詩文や書簡にしばしば登場します。

「久闊」は「久しく交際が絶えていたこと」、「叙」は「語る、述べる」という意味を持ちます。これを合わせた「久闊を叙する」は、「久しく交際が絶えていたことを語り合い、喜びを表す」という意味合いで使われます。日本では平安期から漢詩文の中にこの語が見られ、特に和漢混淆文や公文書、儀礼的文章の中で頻出しました。

江戸時代の文人社会では、往来文や書簡文において「久闊を叙す」という表現が広く定着し、特に師弟関係や文人同士の往復書簡の冒頭などで使われる決まり文句のような存在となっていました。明治以降も、旧制高校や官僚文化の中では、教養ある挨拶文の一部として受け継がれています。

現代ではそのような文語的な文脈は減ってきているものの、年賀状、手紙、メールなどでのあいさつ表現として生き残っており、特にフォーマルなやりとりや改まった場面で重宝されています。

まとめ

「久闊を叙する」という表現は、長い時間を経た再会を丁寧に喜び合う際に用いられる、文語的で礼節を感じさせる言い回しです。単なるあいさつ以上に、再び顔を合わせられたことへの感謝や、かつてのつながりへの思いが込められており、相手に対する敬意を表現することができます。

この言葉は、古来より文人や知識人の間で交わされてきたものであり、言葉そのものに文化的な重みや教養が宿っています。そのため、現代でも改まった手紙文や式辞などで用いると、格調高い印象を与えることができます。

一方で、口語の日常会話にそのまま取り入れると、やや堅苦しく、わざとらしく響く場合もあります。使用する場面や相手との関係性を見極めることが大切です。改まった再会のあいさつや年賀状など、少し格式を持たせたい文脈で使うと、言葉の持つ品格がいっそう際立ちます。

再会に喜びを込め、過去と現在を結ぶこの言葉は、単なる形式にとどまらず、互いの縁を温かく確認する一つの儀礼とも言えるでしょう。