借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔
- 意味
- 物を借りるときは殊勝な態度を見せるが、返すとなると一転して不機嫌になったり、居直ったりする人のこと。
用例
貸し借りの人間関係において、不誠実な態度をとる人物への批判や風刺として用いられます。特に、最初は低姿勢でも、用が済んだあとは態度が豹変するような場合に適しています。
- あいつ、借りるときは土下座する勢いだったのに、返すときは逆ギレだよ。借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔ってまさにそれ。
- 本を貸したら、汚れた状態で返してきたうえに文句まで言ってきた。借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔とはこういう人を言うんだな。
- 金を貸したら、「そんな約束したか?」とか言い出した。もう借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔は勘弁だよ。
どれも、最初の丁寧さと後の不誠実さの落差を強調し、相手の態度の変わりように対する怒りやあきれを表しています。
注意点
この表現は非常に辛辣で、風刺的な意味合いが強いため、直接相手に向けて使うと対立を生む可能性があります。第三者との会話の中や、たとえ話として用いるほうが無難です。
また、この言葉には「恩を仇で返す」や「礼儀知らず」といったニュアンスが含まれており、相手の信用や人間性を疑うニュアンスが強まることがあります。冗談めかして使う場合にも、感情のトーンには注意が必要です。
なお、「地蔵顔」と「閻魔顔」は仏教的な表象であるため、宗教的な場面では避けるべき場合もあります。
背景
「借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔」は、日本人の宗教的なイメージを巧みに取り入れた比喩表現です。地蔵菩薩は、慈悲深く穏やかな表情で人々を救う存在として信仰されています。一方、閻魔大王は地獄の裁判官として罪人を厳しく裁く恐ろしい存在です。
この対照的な二者を一人の人間の態度に重ね合わせることで、「借りるときは人当たりよく下手に出るが、返す段になると一変して恐ろしくなる」という、あまりに露骨な変化を痛烈に皮肉っています。
ことわざとしての成立時期ははっきりしませんが、江戸時代にはすでに似たような表現が存在しており、庶民の間での貸し借りのトラブルを風刺した言葉として親しまれてきました。とくに金銭や物品の貸し借りをめぐる争いは、日常の中で避けがたい問題であり、それゆえにこうした言い回しが生まれたのでしょう。
現代でも、金銭トラブルや人間関係の摩擦を背景にこの表現が使われることがあり、状況によっては強い非難や失望の感情を込める際の言葉として用いられます。特に「誠意のない人」「都合のいい人間関係」への風刺としての効力は衰えていません。
対義
まとめ
初めは穏やかに低姿勢で近づき、いざ自分の目的を果たした途端に態度を変える――そんな人物の裏表ある行動を、「借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔」という言葉は鋭く突いています。誠実なふるまいが人間関係の基本であることを、逆説的に伝える言葉とも言えるでしょう。
この表現は、単なる道徳的な教訓にとどまらず、利害に基づいた関係性がいかに不安定で危ういものかを示しています。借りたときの丁寧さと、返すときの態度とのギャップは、信頼を失わせ、長い目で見れば損失となることを教えてくれます。
人と人との関係は、形式ではなく心の通い合いによって築かれるものです。だからこそ、借りるときも返すときも、変わらぬ誠意を持って接する姿勢が求められます。利を得るときの謙虚さを、用が済んだ後にも忘れない――そんな人こそが、信頼を得て長く付き合える存在となるのです。