WORD OFF

あちらてればこちらがたぬ

意味
両立が難しく、一方を優先すれば、もう一方に不満や不都合が生じてしまう状態。

用例

人間関係や利害の対立する場面で、どちらにも良い顔をしようとしてもうまくいかない状況に用いられます。

このように、双方の利害が相反していて、どちらか一方に味方すれば他方に反感を買うような状況に用いられます。

注意点

「どちらにも配慮しようとする姿勢」は一見誠実ですが、実際には中途半端な対応になり、かえって双方からの信頼を失う危険があります。この表現が使われる場面では、何が最も重要で優先されるべきかを冷静に見極める判断力が求められます。

また、板挟みの状態を表現するために使われることが多いものの、これを免罪符にして「仕方がない」と責任を回避するように受け取られることもあります。特に公的立場にある者がこの表現を使う場合には、「だから何もしない」という意味にならないよう注意が必要です。

「どちらも立てることは不可能」と結論づけてしまうと、創意工夫や折衷案を見出す努力が放棄されてしまうおそれもあります。したがって、この言葉を使う際には、言い訳や逃避としてではなく、現実の難しさを認識したうえで解決策を模索する姿勢を持つことが重要です。

背景

この言葉は古くから庶民の間に根づいた生活感覚の中から生まれたと考えられています。特定の故事や文献に由来するというよりは、日常的な対人関係や社会生活における板挟みの経験から自然発生的に定着した表現です。

たとえば、家庭内では嫁姑、親子、兄弟といった立場の違いによる対立、また地域社会や職場では、上下関係や利害関係の複雑な絡み合いが常に存在します。そうした中で、「誰かを立てれば、別の誰かが立たなくなる」という現実を、言い得て妙に表したことわざとして、この言葉は多くの共感を呼んできました。

また、「立てる」という語には、尊重する、面目を保たせる、重んじるといった意味が込められており、日本社会の「和を重んじる」文化に根ざした言い回しであるとも言えます。和を保とうとするがゆえに、すべての関係者に配慮しようとする心の動きが、結果として対立を引き起こすという皮肉な構図が、この言葉の背後にある感覚です。

近代以降も、政治、経済、教育、福祉といったあらゆる分野において、対立する利害の調整が不可欠となり、この言葉が頻繁に引用されるようになりました。ことわざ辞典や処世訓にも取り上げられ、個人の内面だけでなく社会構造の複雑さを表す象徴的な表現となっています。

類義

まとめ

「あちら立てればこちらが立たぬ」は、相反する立場や要望の間で、どちらかを優先すれば他方に不満が生じるという、現実の難しさを端的に表した言葉です。人間関係や組織運営において、すべての人を同時に満足させることの困難さを実感する場面で多く用いられてきました。

この言葉は、対立する意見を前にして悩み迷う姿勢を反映していますが、同時に「すべてを立てることはできない」という認識の上で、優先順位や合意形成の必要性を考えるきっかけにもなります。

ただし、これを言い訳や思考停止の言葉として用いるのではなく、現実の複雑さを見据えたうえで、いかに最善のバランスを見出すかという視点を持つことが重要です。丁寧に耳を傾け、柔軟な工夫を重ねてこそ、対立を超えた調和が見えてくるかもしれません。