当たるも八卦、当たらぬも八卦
- 意味
- 占いは当たることもあれば当たらないこともあるということ。
用例
占いや未来の予想、あるいは人の意見に対して、あまりに信じすぎても仕方がないといった姿勢を示すときに使われます。
- 占いで『出会いのチャンスあり』って言われたけど、当たるも八卦、当たらぬも八卦だからなあ。
- 景気が良くなるって予想してるけど、当たるも八卦、当たらぬも八卦って感じで、慎重に動いたほうがいい。
- あの人の話、半分は当たってたけど、あとの半分は外れてたね。やっぱり当たるも八卦、当たらぬも八卦だよ。
こうした例では、物事の不確かさに対する冷静さや距離を置いた見方が表れています。
注意点
占いや予測を軽視するようなニュアンスも含まれるため、相手が真剣に信じている場面では不用意に使うと失礼にあたることがあります。特に、宗教的・信仰的な意味合いで占いや運命論を語っている相手に対しては、慎重な使い方が望まれます。
この表現を使うことで、責任を回避したり、真剣な議論を避けようとしていると受け取られることもあるため、軽く使いすぎるのも注意が必要です。冗談や軽口としての文脈では問題ありませんが、重要な判断が問われる場面では不適切になることもあります。
「八卦」は中国の易占(えきせん)に由来する言葉であるため、相手がその背景を知らない場合、意味が伝わりにくい可能性もあります。日常会話では、よりわかりやすい表現に言い換えることも有効です。
背景
「八卦」とは、中国の古代思想に基づく占術「易(えき)」で用いられる、自然現象を象徴する8つの基本図形のことです。これを組み合わせて未来を占うのが「易占」であり、その信頼性は古くから議論されてきました。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言い回しは、江戸時代にはすでに庶民の間で使われており、占いの当たり外れをユーモラスに表現する言葉として定着していました。言葉の背後には、「占いに一喜一憂しすぎても仕方がない」「当たることもあれば、外れることもある」という冷静な観察眼が込められています。
江戸時代は占いが流行した時代でもあり、辻占いや夢占い、手相、人相見などが広く行われていました。そうした中でこの言葉は、占いを適度な距離感で楽しむ庶民の知恵として語られてきたともいえます。
現代でも、星占いや血液型占い、タロットなどが身近な存在として残っており、信じる人もいれば疑う人もいるという状況は昔と変わりません。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」は、そうした占いや未来予測全般に対するスタンスを表す言葉として、今なお生きています。
なお、占い以外でも、政治の予測、経済の動向、天気予報、受験の結果など、未来に関するあらゆる推測に対して、この表現が応用されることがあります。
類義
まとめ
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」は、占いや予測に対して過度な期待を抱かず、当たり外れも含めて受け止めるべきだという態度を表す言葉です。未来は不確実であり、信じるかどうかは個人の自由であることを、柔らかな皮肉とともに伝えています。
この言葉には、真実を突こうとする姿勢よりも、物事のあいまいさや偶然性を楽しむ余裕が感じられます。現代のように情報が氾濫し、さまざまな予測や助言が飛び交う社会において、あまりにもひとつの予測に固執することの危うさを教えてくれる表現とも言えるでしょう。
信じる気持ちは大切ですが、それが絶対ではないことを知り、運命や予測との適切な距離を保つこと。そうした柔軟さを持つことの重要性を、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」は静かに語りかけているのです。